同姓婚  (17.07.2015)

ドイツに来て驚いたことにひとつは、同性愛者の多いこと。とりわけ男性の同性愛者が目に付いた。当時は「日本人の視線」でしか物を見ることができず、「道理でドイツには子供が少ないわけだ。」と、違和感しか抱かなかった。ところが休暇で訪れたタイでも同様に同性愛者が多く、さらに社会的に存在を認められてのを目にすると、少し考えさせられた。最後の一押しは、知り合いのギリシャ人がくれた。かっての"Gastarbeiter"(労働移民者)の子である彼は、パン屋で働いていた。教養と言えばテレビでかじった程度しかない彼だったが、「そのように生まれてきたんだから仕方がないだろう。」と同性愛者に大きな理解を示した。しかしその一方で、アジア人や黒人に対する偏見はしっかり保持しており、「西欧文明の源であるギリシャ人は、細い目のアジア人よりも人種的に優れている。」と確信していた。、

彼の理論からすると、まずはギリシャ人が世界を創造し、西欧文明が誕生した。その創造者の直系である西欧人は人種的に優れているので、同姓愛者であろうが、あるまいが、アジア人、黒人よりははるかに優れているというのだ。その程度の教養しかない彼が、同性愛者への深い理解を示したことが衝撃的だった。勿論、彼は女性が大好きで、会えばその話しかしない。なのに違和感を全く感じていない。このギリシャ人のお陰で、同性愛に対する考え方が大きく変わった。ドイツやタイにあれだけ同性愛者が多いからには、他の社会にも同じ数存在している筈だ。日本にも。しかしこれまで日本で、「私は同性愛者です。」という人と仕事でも、個人でも合ったことがない。それは日本には同性愛者が少ないわけではなく、社会がその存在を認めていないから、ひた隠しにしているという事だ。何も悪いことをしているわけでもないのに、社会的な制裁を恐れて自分の趣向をひた隠しにするなんて、これ以上に不幸なことはない。

冒頭で述べた通り、ドイツでは同性愛者であることを誰にも隠す必要はない。唯一例外があるとすれば、ブンデスリーガのサッカー選手くらいで、現役を引退してから、「実は、、。」と告白するケースの方が多い。ただしこれは男性の場合。女性のスポーツ界は男性よりも自由で、ドイツのナショナルチームのキーパーを始め、多くの選手が同性愛者であることを公然と告白して、社会もこれを受け入れている。日本のナショナルチームでも、同じ状況に違いないが、誰もこれを告白する勇気はなさそうだ。あるいは社会がこれを許さないのだろうか。日本では同性愛者に対する理解は、テレビのタレントに留まっているが、ドイツでは政界にも、同性愛者が多い。(前)ハンブルク州知事、(前)べりリン市長、(前)外務大臣などが有名だ。国を代表する外務大臣が同性愛者であっても、だれも何も言わないばかりか、気にもしない。

では同性愛者のカップルは法律上、どのように定義されているのだろう。ドイツではこれまでは"Ehe"(異性の夫婦)に対してのみ家族として認知され、税制上、あるいは法律上の優遇措置が認められていた。これは夫婦が社会を構成する大事な柱であり、その保護を必要とするという考えから出たもので、憲法に明記されていた。ところが社会には同性愛者のカップルが増え、「異性カップルじゃないと夫婦と認めない。」という考えでは、「法の前では皆、平等である。」という精神ににそぐわなくなってきた。そこでかってのシュレーダー政権が、同姓カップルを"Lebenspartnerschaft"(生活上のパートナー)と法律で認める決議を下した。

ところがその後の総選挙で敗退。選挙で勝ったCDU、すなわちメルケル第一次政権は、この前政権の決議を「異性婚を保護するという憲法の精神に違反している。」と、法律の施行を止めるように最高裁判所に違憲の訴えを出した。しかし最高裁は、「同姓の生活上のパートナーを認めても、異性婚の存在を脅かすものではない。」と判断、保守派の反抗を却下した。皮肉なことに、この決定で大いに得をしたのが、メルケル第一次政権でCDUと連立政権を組み、外務大臣、さらには副首相の座についたヴェスターヴェレ氏だった。氏はこの最高裁の決定後、同姓のパートナーと堂々と結婚、ドイツで一番著名な同姓の生活上のパートナーとなった。

ところが生活上のパートナーには、例えば同じ性を名乗ったり、病気の際は家族の一員として看護をする権利と義務が生まれる一方で、本来の夫婦に認められている税制上の優遇や養子は認められていない(条件付で養子は可能)。それでも結婚式はあげられるし、共同生活も堂々と可能になったので、社会的な認知度も増してきたし、ドイツでは同性愛のカップルは大きな不満を唱えることなく、それなりに安定、充実した生活を送っていた。ところがである。2015年5月になってあのガチガチのカトリックの国、アイルランドで同姓カップルと異性婚と同じ扱いにすべきかどうか、国民投票が行われることになると、多大な関心が寄せられた。「あの保守的なアイルランドで、同姓婚が認められるわけがない。」というもっともな意見もあれば、「アイルランド人は抜群のビジネスセンスを持っている国民なので、慣習に縛られず、実際的な判断を下すかもしれない。」という期待の声も聞かれた。そしてその選挙結果は衝撃をもたらした。

同姓婚は62%の賛成票、ほぼ2/3もの国民の賛同を得た。敬虔なカトリック教徒の国、アイルランドでは20数年前までは同性愛は犯罪だった。そこがわずか20年そこらの間で、2/3もの国民の見方が180度転換した。アイルランドの素晴らしいところは、国民の大多数が信奉しているカトリック教会がこの案件に大反対しているのに、その教会とは別の判断を下せることだ。同じカトリックの国、イタリア、ポーランド、あるいはフィリピンでは、考え難い現象だ。
バチカンはこの選挙結果を、「人類敗北の日」と呼んで、教会が原理主義者のようにすっかり時代遅れの慣習にしがみついている事実を認知する事を拒否した。もっと面白い反応はドイツの反応だった。

ドイツでは同姓婚こそ認められていないが、社会的に同姓愛者は認知されており、超一流のスポーツ選手でない限りこれを隠す必要はない。ヨーロッパではリベラルなオランダを別にすれば、最先端を行ってるはずだった。ところが同性愛では後進国だったアイルランドがいきなりドイツを追い越したことが衝撃だった。自分たちが進んでいると思っていたのに、いきなり黒舟がやってきて、自分たちが実は遅れていることを示したからだ。ドイツ国内では、「アイルランドに追いつき、追い越せ!」とばかりに、急に同性愛運動に神風が吹き始めた。連立政権のSPDは昔から同性愛には理解があり、緑の党は言う間でもなく、左翼政党も同姓婚を認めることに賛成していた。反対しているのは保守的なCDU/CSUだけ。おかしなことにCDU内にはホモの議員が多く、CDU内部にて同姓婚についての議論が交わされるなど、一気に同姓婚を認める風向きに変わってきた。若手議員は概ね同姓婚に理解を示し、これに抵抗しているのは、頭の固いガチガチの古参党員とカトリックのバイエルン州議員だけ。

「これは一気に法律改正まで行ってしまうか?」と思われたが、ここで保守派が巻き返してきた。その根拠は、SPDとCDU/CSUが政権を組む前に交わした連立政権同意書だ。ここに、「同姓婚については、この政権では取り組まない。」と明記しているのだ。CSUの政治家はこの同意書を聖書のように盾に取り、「その議論はごもっともだが、この件はこの政権では取り組まないと決めているので、取り組みたくでもできないのだ。」と、同意書を盾にほくそ笑んだ。正直なCDUの政治家は、「同姓婚を異性婚と同じレベルに置くと、西欧諸国の基礎になっている価値観が失われる。」と正直に懸念を述べたが、こうした正直な意見は稀だった。もしドイツで国民投票が行われるなら、アイルランドの選挙結果の後だけに、間違いなく過半数の賛成票を得ていただろうが、政治家が最後の言葉を持っているドイツでは、現政権下では同姓婚を認める法改正が実施されることはなさそうだ。メルケル首相が第一次政権時に、生活上のパートナー制度導入に反対したことを考えれば、首相の同意も得られそうににはない。

ところがドイツの上院、"Bundesrat"では今や野党が過半数を占めている。ここで同姓婚への差別をなくして、異性婚を同じレベルで扱うようにする議題が提出され、過半数の賛成票で可決された。結果、上院は下院に対して、この決議を国会で同様に採決するように求めている。もっとも連立与党のSPDは同姓婚に賛成だが、連立政権の同意書にサインしてしまってるので、下院で採決されることはないだろう。ドイツで同姓婚が認められるには、同性愛の団体、あるいは議員が現行の法律を違憲として憲法裁判所に訴え、最高裁が同姓婚を認める判決を下す必要がありそうだ。


ドイツ一有名な同姓婚カップル。
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