Mietrecht その弐 (07.12.2013)

「隣のドイツ人が勝手に家の前の路上に車を停めていくんです!」と激興する日本人マダム。「はぁ?」と話を聞けば、「我が家の前の路上に車を停めないように言っているのに、全然聞いてくれません。」との事。「つまり家の前の公共の道路を、専用の駐車場として使用されたいという事でしょうか。」と聞けば、「どうしてドイツ人は勝手に停めて行くんでしょう。」と怒りがおさまらないご様子。「公共の道路ですから、これを使用しないように求めるのは難しいと思いますが。」と言えば、「私だって、彼の家の前には停めていません!」とマダム。「でも、彼だって家の前に停められないから、ここに停めるんですよね?」と言えば、「だからそれをしないようにしてもらいたいんです。」と素晴らしい理屈を展開するマダム。日本では、自宅前の道路はそこに住む住人の駐車場と決まっているのだろうか。そうでなければ、一体何を根拠にマダムはこのような要求をしているのだろう。同じ日本人でありながら、見知らぬドイツ人の肩を持つ瞬間のひとつである。

このように自分の権利を間違って解釈している日本人は結構多い。こうした誤解の中でも、特に人気が高いのが賃貸関連である。ひとつその例を紹介してみよう。10年近く前の話になるが、当時、賃貸契約を交わすと「キッチンは5年置きに、その他の部屋は8年置きに改装(レノベーション)をする事。」という条項があった。これは大家が賃貸人に部屋のレノベーションを必要もないのに強要するものであり、日本と違って、ドイツではそのような条項が賃貸契約書にあると、裁判沙汰になる。ドイツの最高裁にて、「大家は勝手に部屋のレノベーションを強要することはできない。」という判決が出て、この条項は契約書に書かれていても、無効となった。この為、最近になって賃貸契約を結ぶとこのような条項さえないのが当たり前になっている。もし、交わされる賃貸契約書に「外国人だからわかりやしない。」と、廃止になった条項が書かれていたら、大家に一事、注意喚起を促してもいいだろう。

この法令がまだ有効だった頃、賃貸人が部屋を改装工事した。ところがその後、引越しをする事になった。賃貸人は「この前改装工事をしたばかりだから、引越し前に改めて改装工事はしない。」と大家に通告した。ところが大家は、「出る前に改装工事をしてくれなくては困る。この事は賃貸契約書にも書かれている。」と意見が食い違い、裁判闘争になった。初判では、「賃貸人は契約書に書かれている通り、出る間の改装工事をしなくてはならない。」と判決が出た。しかし賃貸人は、「私は絶対に正しい。」と冒頭のマダムのように確信していた為、上告、この件は最高裁判所まで行った。最高裁は、「賃貸物件の状況に関わらず、改装工事を強いるのは賃貸人を必要以上に不利な立場に追い込むものである。」として、賃貸人の主張を全面的に認めた。こうして大家はこれまでの裁判費用は言うに及ばず、賃貸人が使った弁護士費用も払うことになった。

この判決が出てからドイツに住む日本人の間で、「改装工事はしなくてもいいらしい。」という噂話が立ち上がった。その後誰かが、「改装工事はしなくてもいい。」と断言、こうしてドイツに住む日本人の間では、「改装工事不要伝説」が栄える事になった。この「伝説」の源泉となった判決を読まないで、一部だけ、それも自分の都合のいいように読んだ結果である。この判決に勇気付けられて、賃貸人が退去前の改装工事で大家を訴えることが多くなった。ある件では、アパートに2年住んだだけなのに、大家はアパートの改装費用を3万ユーロと試算、その1/3を賃貸人から求めた。1万ユーロもの請求を受けた賃貸人はこの支払いを拒否、大家が保証金を返さないので、裁判闘争になった。最高裁は、「異常に高い見積もりを大家が提示、これを払え。という方法では賃貸人に選択肢を与えないやり方であり、そのような方法は無効である。」と判決、ここでも大家は裁判費用を賃貸人の弁護士費用を負担することができた。その他の判決では、「明きからに使用した痕跡が残っている場合は、改装工事をすべきである。」と判決、すなわち明らかな使用痕跡が残っていないのに、壁の塗り替えなどを要求するのは不当と判決している。

「火のないところに煙は立たぬ。」ではないが、こうして見ると日本人の間で栄えている「改装工事無用説。」もあながち間違いではない。しかし実際の所、ドイツでアパートを何年か借りて、「改装工事はしません。でも保証金だけは返してください。」などと大家に言って、「はい、わかりました。どうぞ。」いう展開になる事はない。間違いなく、契約時に払っている3ヶ月分の家賃は返ってこない。そうなると選択肢は2つ。「改装工事の費用は保証金と同じくらいだから。」として諦めるか、冒頭のマダムのように、「私は絶対に正しい。」として最高裁まで訴える覚悟があるかどうかである。上述の通り、裁判に負けると裁判費用は言うまでもなく、先方の弁護士費用も払うことになる。たかが2000程度ユーロの争いで、そこまで危険を冒す価値があるかどうか。それは各人で判断されたい。

その改装工事でつい先日、最高裁で面白い判決があったので、是非、この機会に紹介してみたい。人の好みは千差万別。ある賃貸人は退去時に自分の一番好きな色、黄色で壁を塗って大家にアパートを返却、「保証金を返してください。」という話をしたが、大家はその壁を見て、憤慨した。「これでは次の賃貸人が見つからない。」として職人に頼んで壁を白色で塗り替えさせた。その費用3000ユーロ。賃貸人が払っていた保証金を超える額面なので、大家は差額を賃貸人に請求した。ところが賃貸人は、「あんなに綺麗に壁を塗ったのに、大家の暴虐が許せない。」と支払いを拒否、裁判闘争となった。最高裁は、「壁の色は特定の個人ではなく、万人に受け入れられる色にすべきであった。」と大家の主張を100%認めた。こうして黄色好きな賃貸人は、大家が塗り替えに払った費用、裁判費用、そして先方の弁護士費用を払うことができた。ちなみに賃貸契約中に、壁を好きな色に塗るのは個人の自由である。大家は、「壁は白でなくっちゃ。」という権利はない。しかし退去時には白色に塗り替える必要がある。「私には白色よりもこちらの方が綺麗。」だからと自分の好みは控えるべきである。

もうひとつ「画期的」な判決が出たので、最後に紹介しておこう。数年前までは、ドイツでは喫煙環境に恵まれていた。ところが公共の場所での喫煙が禁止されてから、レストランやカフェなど、屋内での喫煙も禁止されるに至り、喫煙家にはその生存環境がますます制限されている。喫煙家の最後の居城は、自宅。金を払って借りているアパートでは、どんなにタバコを吸っても自由であった。これまでは。ところがある喫煙愛好が部屋の中でもうもうとタバコを吸うので、近所から「廊下にまで煙が出ている。」と苦情が上がってきた。大家は、「換気をしながら喫煙するなどして、他の住人の迷惑にならないように喫煙してください。」と注意したがそこはドイツ人。「金を払っている自分のアパートでタバコを吸うのは俺の自由。」と真面目に取らなかった。こうして大家は賃貸契約を一方的に解約、賃貸人がそれでも出て行こうとしないので、裁判所に強制退去を申請した。ここまできてやっと事態の深刻さを理解した賃貸人は弁護士を使って、「これは不当解約である。」と主張してデユッセルドルフの裁判所に訴えた。

ところがデユッセルドルフの裁判所は、「他の住人の健康に影響を与えるような喫煙環境であれば、大家の解約も仕方ない。」と判決、このアパートの管理人として定年まで働いた定年退職者の訴えを退けた。この賃貸人は控訴するかどうか、弁護士と相談中である。控訴して裁判に負ければ、さらに多額の裁判費用の負担になるので、定年退職者にとってこれ以上の裁判闘争は経済的にしんどい。この一件が示すように、「喫煙は可能。」と書かれた賃貸物件であっても、喫煙を理由に解約される事があるので、喫煙家の方はご注意されたい。尚、弊社のお客様で、部屋で喫煙中、始終換気扇を回して「換気」していたケースがあった。このケースでも、「廊下に煙が出ている。」、「換気扇の音がうるさい。」などと近辺住人から苦情があり、「喫煙は控えられたし。」という手紙をいただいた。幸いなことに、その方は冒頭のマダムと違い、臨機応変に対応された。お陰で苦情も来なくなり、アパートの解約もなかった。

法律的な根拠があって「私は絶対に正しい。」と結論されるなら問題ない。そうではなく、「私は正しい(筈だ)。」と思い込んでいる場合、思わぬ展開になりかねない。デユッセルドルフで車を運転中、スリップしてガードレールに衝突、「道路の整備が不十分だったのが事故の原因である!」とデユッセルドルフ市を訴えるといきまいていた人も居た。「無理だと思いますよ。」というアドバイスにもかかわらず、弁護士事務所を訪問したが、「勝ち目はありません。」と片っ端から弁護士に代理を拒絶された。こうして相談料を勉強代として払うことになった。「じゃ、これはどうなの。」とお悩みの方、会員の方はこちらの掲示板で無料で相談できます。


あっちゃ~。
079.jpg

スポンサーサイト

COMMENT 0