就業不能保険 (29.11.2012)

ドイツの会社員は、日本の会社員から見ると恵まれた環境にある。調子が悪い(出勤する気力がない)と会社に電話して、「今日は休みます。」と言うだけでいい。元気、ともい、健康が回復しなければ、最大3日間まで自宅で静養できるので、電話一本で週末のたかが2日の休暇が5連休になってしまう。知り合いのドイツ人、すでに15時からジムに来てトレーニングしている。「休暇中か。」と聞けば、「病欠だ。」と言う。一体、どんな病気なんだろう。特に月曜日は「病欠」するケースが多い。どのくらい多いかと言えば、"blau machen"(月曜日に病欠する)というドイツ語が出来ている程、多い。さらには、"Montagemaschinen"(月曜日の機械)というドイツ語もある。これは「やる気のない月曜日に生産された機械(なのでよく故障する)。」という意味。そのくらいドイツ人は病欠を頻繁に使用する。これに関する面白い判例があるので、紹介してみよう。

会社を病欠で休み、マラソンに参加したドイツ人。間の悪いことに、テレビ局にインタビューされてしまい、これを上司がテレビで見てしまった。会社を首になったこの被雇用者は会社を「不当解雇」で訴えて、そう、なんと勝ってしまったのである。このドイツ人、肩を骨折していたのだが、「労働は不可。マラソンに参加するには問題なし。」という医者からの"Attest"をもらっており、これを裁判で証拠として提示した。この労働者は医師の指示通り行動したわけで、労働者に落ち度はなしと裁判所が判決を下したわけである。もうひとつ面白い判例がある。ある被雇用者が会社を病欠、温泉に出かけた。間の悪いことにここで会社の社長と遭遇、その場で首を言い渡された。勿論、首になった労働者は不当解雇で労働裁判所に訴えた。裁判所は「病気で仕事ができないから仕事を休んでいたのである。温泉に行けないから、病欠なのではない。」と判決理由を述べて、労働者の言い分を100%認めた。労働者を不当解雇した会社は裁判費用は言うに及ばず、労働者の弁護士費用も負担、挙句にはこの労働者を再度、雇用することを強いられた。

皆まで言えば、本当に病気になって仕事に行けない場合、ドイツではなんと6週間まで100%のお給料が保障されている。ドイツの凄いのは、それで終わりではない事。6週間後、お給料の70%が最高、3年間支給されてしまう。だからといって会社は、「この社員は病気ばかりで、まだ見たこともないから首。」と解雇できない。これをやると労働裁判所で100%負けるので、病気が理由で会社を首になる事はない。にもかかわらず、「自分の会社を作るぞ!」と錯覚、独立して心配になるのが事故や病気だ。独立してから病気になると、誰もお金を払ってくれない。会社の設立時は一人で運営しているケースが多く、自分が病気になったら、会社は終わりである。ましてや事故に遭って働けなくなったら、目も当てられない。社会保障を受けながら、30年、40年と貧困生活を強いられる事を考えるだけで、悪寒が走ってしまう。

そこで万が一のために"Berufsunfaehigkeitsversicherung"という恐ろしく長い名前の保険、日本語では就業不能保険、に加入することにした。もっとも、そこは落とし穴の多いドイツ生活の事。保険会社の売り文句を信用しないで、調査してみる事にした。まず肝心要の保険支給額だが、1000ユーロではちょとさびしい。これでは生活保護の額面と大して変わらない。やはり月、2000ユーロほどは欲しい。幸い旅行業は、体を使用する仕事ではないので、危険度は低く、保険料は比較的安価で月110~190ユーロほど。「保険料の違いが大きいですね。」と指摘される前に説明しておくと、ドイツには"Direkt-Versicherer"という保険会社がある。これは代理店を置かず、主にインターネットなどを使って直接客と契約するタイプの保険会社だ。代理店がなく、保険勧誘員も居ないので、家賃と勧誘員の給料を節約でき、保険料が安い。欠点は保険が必要になった時、支店がないのでメールや手紙を送ってじっと返事を待つ事になる。なかなか返事が来ないので保険会社に電話をすると、「それは私の担当ではありません。」と言われて部署をたらい回し。挙句の果てに電話を切られてしまい、初めからやり直し。「それじゃ困る。」と支店のある保険会社の製品にすると、安くても150ユーロほどの掛け金になる。

毎月150ユーロの保険料、1年で1800ユーロ。正直な所、独立したばかりの収入が少ない時期に、この金額は辛い。果たして加入すべきか?今度はこの保険に加入している人の体験、判例を調べてみると、この就業不能保険、滅多に保険金が払われる事のない保険である事が判明した。例えばタイに旅行中、事故に遭って脊髄を損傷、歩けなくなったとする。そこで保険の適用を申請すると、「旅行業は歩けなくても就労可能です。」と言われて保険金が下りない。忍び難きを忍んで車椅子生活。脂肪分の多いドイツ飯+運動不足でコレステロールがドイツ人並みに貯まり、心筋梗塞に遭ってしまう(ドイツ人の死因のNr.1)。運よく腕のいい医師の居る病院に収容されて生き延びたものの、「絶対安静が必要です。車椅子で仕事なんかとんでもない。」と医師から言われて、「やった~。」と大喜び。保険会社に保険金の支払いを要求すると、「医師の"Gutachten"(診断書)が必要です。」と書かれた手紙が届く。

保険会社の指定する医師に診断を受け、その結果を待つこと数週間。保険会社からお手紙が届くと、そこには、「おめでとうございます!」という言葉から始まって、「あなたは就労可能診断されました。」と書かれている。「そんな馬鹿な。」と保険会社に問い合わせると、「弊社の判断ではありません。医師の診断です。」と責任を転嫁されて、とりつく暇もない。折角、就業不能保険に入っていたのに、保険は下りず、結局は、生活保護で生活をする事になる。「許せない!」と保険会社を訴えると、相手は巨大な保険会社。ドンキホーテが風車に立ち向かうようなもの。裁判では再び医師の診断書が必要になり、診断を受けて「就労不能」と書かれた診断書を提出。すると保険会社の弁護士が異議を申請、保険会社は「就労可能」と書かれた診断書を裁判所に提出する。すると裁判所はもう一度、診断書を請求する。こうして永遠に診断を受けることになる。

裁判が長引くと、お金が足りなくなる。銀行から融資を受けて、裁判闘争。しかし2~3年するともう限界で、これ以上、裁判闘争を続けられない。ここで保険会社から手紙が届く。そこには、「毎月600ユーロの年金なら払います。この条件を受け入れるなら、裁判は和解で中止されます。」と書かれている。破産を目前にした被保険者に、他にどんな可能性が残っているだろう。こうして保険会社は、本来は払うべきだった年金を1/3に減らす事ができて、笑いが止まらない。これが狙いで保険会社は「お抱えの医師」を用意しており、保険金支払いの申請が来ると、まずは保険会社のお抱えの医師に診断させるのである。特に被保険者がまだ若く、保険金/年金の支払額が大きいと、お金を節約できるポテンシャルは大きいので、滅多に保険金が支払われることはない。裁判闘争が2~3年続いても、豊富な資金を有する保険会社には痛くも痒くもない。さらに弁護士、裁判費用は税金控除の対象になるので、好んで裁判に持ち込む。その結果、安い年金で和解することに成功すれば、言う事なし。

ドイツらしい事に、保険金の支払いを巡って保険会社と裁判闘争になるケースの統計が取られており、それぞれの保険会社の"Prozessrate"(裁判率)が存在している。平均は2.5。これは100件の保険支払いの申請に際して、双方が納得できず、裁判になるケースが2.5件あるという数字だ。保険費用が安い"Direkt-Versicherer"は、平均値を越える裁判率を「誇って」おり、掛け金の安さで釣って、保険の支払いを渋る傾向にある。逆に良心的な保険会社では0.5~0.6と値がかなり低い。ちなみにこの裁判率は、車の車両保険、個人賠償責任保険、家財保険など、もろもろの保険を総合して取った統計だ。就業不能保険は支払額が大きいので、裁判になる確立は他の保険よりも格段に高い。ドイツで就業不能保険、あるいはその他保険に加入する場合、保険料だけではなく、裁判率も考慮しておこう。安くても、使えないのでは意味がない。

公平を期すなら、保険会社の立場も弁護すべきだろう。ドイツでは(日本でも同じ)、保険詐欺が多い。知り合いのトルコ人は、「お前の車と俺の車をぶつけて、保険詐欺で一儲けしよう。」と誘ってくる。ドイツ生活中、同じようなお誘いを受けたら、断固断るべし。詐欺がばれると、保険会社のブラックリストに載って、一生、保険に入れない。たかが千ユーロ程度の報酬に目がくらんで将来を棒に振るできではない。極端な例では、働きたくないので事故に見せかけて指を散弾銃でふっとばしたドイツ人も居た(詐欺がばれて、保険は下りなかった)。そこまでひどくなくても、知り合いの医師に報酬を払って、「重度のうつ病」と診断書を書いてもらい、暖かいスペインかタイ/パタヤで人生を愉快に過ごそうと考えるドイツ人も少なくない。この為、保険会社は病状が正しく診断されているか、あるいは事故が被保険者の主張する通りに起きたかどうか、調査する必要がある。パタヤで余生を過ごす計画をしているドイツ人、保険金を狙って指を吹っ飛ばしたドイツ人に、「保険金は支払われません。」と通知をして、「ああ、そうすか。」と納得する事はない。当然、裁判になる。だからある程度は裁判は避けられないものである。


057.jpg
休暇中に「病気」になると、すぐに会社に連絡すべし。病気期間は休暇として換算されず、病欠となり、休暇を再度取る事ができます。とっても素敵なドイツの労働環境。


スポンサーサイト

COMMENT 0